「それ、逆です」タスクシュートでは豊かになれない
「タスクシュートを突き詰めても
豊かさが手に入るわけではない」
これは、僕の中で
確信ともいうべきものがあります。
でも、僕はこれからも
ずっとタスクシュートを使い続けます。
その理由をお話します。
5秒日記というもの
僕は最近、5秒日記というのを やっています。
やり方はシンプルで
1日の中でいちばん印象に残った
「5秒」について200文字くらいで書く
というものです。
1日の中のほんの5秒にフォーカスして
それに焦点をあてて味わってみる。
これで、いろんなことが起こるのです。
ある日の5秒
例えば、こんな日がありました。
昨日のランチ風景。
美味しいごはん。
話をしたい人。
楽しい会話。
なので、良い1日でした。
まぁ、これだけです。
でも、書いたあとに思ったのは
「自分にとって 良い1日の条件って
かなりシンプル…というか単純なんだな」
ということでした。
美味しいものを食べて
話したい人と話せた。
それだけで「良い1日」になる。
5秒ではありませんが
1つの出来事だけで
その日1日は豊かな気分になれました。
こんな日もありました。
ギャラリーの前を
通りがかったら、
夢野久作の企画展じゃないか。
観るつもりなんてなかったのに、
辻斬りにあったみたいに、入ってしまう。
あとはもう、
殻に閉じ込められる。
見入ってしまう。
出てきたときには、
図録まで買ってる。
なんだか、
まだ頭の中が夢のよう。
………ブウウ────ンンン──
この文章を書いているとき
僕はこの展示会のよさではなく
通りがかった瞬間の「5秒」を
切り取ろうとしたんです。
つまり、
通りがかった数秒、
少しだけ、逡巡したけど
おもわず入ってしまう時間。
もう1つ。
モヤモヤしていて、
昨日はかなり煮詰まった休日でした。
でも、天気があまりにもよくて、
これはもうランニングするしかないと。
やることを全部ほったらかして、
いつもの海沿いの公園まで。
風と太陽の中で、
「自分、けっこう頑張っているな」
と思えてきて、少しだけ泣けてきました。
走っただけなんですけど
少し戻ってこられた気がします。
この日は実際は
かなりしんどい1日でした。
実際は、1日のほとんどが
煮詰まってモヤモヤした1日だったのです。
でも、5秒日記を
書こうとして 「今日の5秒」を探してみると
風と太陽の中で走っている瞬間を思い出したのです。
もうね。瞬間なんです。
でも、その5秒を思い出したら
「あの瞬間の気分は最高だった」
と確かに思えるんです。
その瞬間さえあれば
よい1日と思えてくる。
1日の多くの時間が
良い時間である必要はないんです。
切り取った5秒が豊かであれば
よい1日と思えるわけです。
豊かさはすでにある
つまり、豊かにしようとするから
豊かになるのではなく、
豊かさに気づくから
豊かになる。
つまり、豊かさに気づくことが
豊かな1日をおくるカギだってことです。
さらに、豊かさって
どうも相対的なもののように思えます。
つまり、ひどい1日だったら
ただ天気がよいだけで、豊かさを感じる。
旅行に行って楽しい1日だったら
逆に「今日のクライマックスの5秒」が 選べなくなる。
楽しいことが多すぎて
どれが「あの5秒」なのか
わからなくなるわけです。
そう考えると それほど豊かさを
求める必要はないのかもしれない。
豊かさは、すでにそこにある。
それに、どうやって気づくか?
ということを考えるべきだとおもうのです。
うまく回せるようになった。だから何?
タスク管理をいろいろやっていると
「うまく使えるようになった感じがする。
タスクも回せるし、見積もりもできる。
でも、それで豊かになったかというと
……よくわからないな」
こういう感覚って、誰しも心当たりが
あるとおもうのです。
つまり、いくら上手に
タスクシュートなどをうまくつかって
タスク管理をしても
その延長線上に 豊かさはない気がするのです。
どれだけ精度を上げても
どれだけ効率的にタスクを回しても
それ自体が、豊かさを 生むわけではないわけです。
でも、だからといって
じゃタスクシュートなんか
やめてしまうっていうのは、また違うんです。
ここが、ややこしいところなんです。
旅行と地図
タスクシュートは
旅行の地図みたいなものだと
最近思うようになりました。
正確な地図や旅程が
旅行の楽しさをつくるわけではない。
地図を見れば
「ここは景色がきれいそうだな」
「ここに美味しいお店があるな」
と想像がつきます。
でも、その予想が
必ずしも当たるわけではない。
予想どおりの場所で感動するかもしれないし
まったく予定になかったところで
何か楽しいことが起こるかもしれない。
地図の精度を上げれば
旅がよくなるわけではないわけです。
でも、地図があると
「今日、どこかで
何かに出会えるかも」
と期待をつくることができるんです。
僕はこの「期待」をつくるために
タスクシュートが必要なのではとおもうのです。
1日の地図がなかったら
漫然とした期待しかないまま
1日がスタートしてしまう。
予定があって
「ここは楽しいかも」
と思って過ごすから余計に印象に残る。
逆に
「今日はしんどいぞ。心して過ごさねば」
と思っているから
偶然の出会いに感動する。
つまり、期待があるからこそ
豊かさに気づく機会が増えるとおもっているのです。
だから、逆なのです
つまり
タスクシュートをうまく使う →
だから、豊かになる
ではなくて
今日もどこかに豊かさがあるはず→
その期待をつくるために、タスクシュートを使う
と考えると
すごくうまくいく感覚があるのです。
同じツールなのに
使う理由が逆になるということなんです。
タスクシュートをうまく使えば
行動は促進されるし
プロジェクトもうまく回ります。
それは間違いない。
でも、それは 豊かさを
計画しているのではないとおもいます。
今日の地図をつくっている…
つまり、今日の期待をつくっているわけです。
地図を広げて
今日はこのあたりが楽しそうだな
と期待してみる。
その期待があるから
期待通りにいけば、会心の一撃になる。
でも、期待どおりいかなければ
今度は思わぬ、偶然の5秒が印象に残る。
そういうことだとおもうのです。
だから、逆
豊かにすごす時間を増やすことが
1日を豊かにすることではない。
豊かさは、すでに5秒の瞬間の中にある。
それに気づくために、
期待をつくるために
まるで1日の地図をつくるように
タスクシュートをつかう。
僕はそう考えるようになりました。
だから
タスクシュートを突き詰めても
豊かになれるわけではないとおもうのです。
でも、豊かな瞬間ができる
その期待をつくるために
僕はこれからもタスクシュートを
使い続けていこうとおもっているのです。
ぜひ、あなたも
そういう5秒を見つけるために
タスクシュートを使って探してみてください。
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